オピニオンリーダーからのメッセージ
   
東京ファッションデザイナー協議会(CFD)
特別顧問 久田 尚子
1957年文化出版局「装苑」編集部に所属し、1964年7月「装苑」の10月号に東京オリンピックの特集を載せるため、パリ・ヨーロッパを1周する。(初めての長期海外ロケ)1966年「装苑」パリ支局が開局され、1967年「装苑」パリ支局勤務、支局長に就任。1970年 帰国後「ハイファッション」編集部へ。1978年「ミセス」編集長に就任。1984年雑誌部部長に就任、東京ファッションデザイナー協議会(CFD)設立(企画)に関与する。1990年文化出版局次長に就任。1996年東京ファッションデザイナー協議会(CFD)議長に就任。2007年東京ファッションデザイナー協議会(CFD)特別顧問に就任。
ナゴヤファッション協会20周年を祝う

 文化出版局(「装苑」、「ミセス」、「ハイファッション」)で40年近い編集者生活の卒業間近にCFD(東京ファッションデザイナー協議会)の議長を太田伸之さん(現・株式会社イッセイミヤケ・代表取締役社長)から引き継ぐことになった。1996年のことである。
 ところで、このナゴヤファッション協会が設立されたのは、CFD設立より2年後の1987年で、そのニュースは私をかなり驚かせ、そしてすごく喜ばせた。それは私の故郷が名古屋であり、東京につづくファッション産業を世界に向けて発信出来る大都市になることを心から祈り、願っていたからである。この御祝い原稿を依頼されて、もう一度ナゴヤファッション協会の歴史をひもといてびっくりしたのは、ナゴヤファッションコンテストの開催が、1982年からはじまり、今もずっと継続されていること。それは若いファッションデザイナーの卵を発掘し、育てている、その努力に感激したからである。このコンテストには、私も「ハイファッション」編集長時代からいろいろお手伝いさせていただいているし、今も必ず参加させていただいている。ちなみにファッションデザインコンテストの原点ともいえるのは、ファッション誌「装苑」の、装苑賞であるが、この軌跡をたどると、1956年(昭和31年)に、「装苑」の創刊20周年を記念して創設されたものだった。ということは、この20周年という区切りがいかに重要で、今後への発展に大きく影響するかを、改めて思い知らされたのである。
 そして、ナゴヤファッション協会の役割の大きさはコンテストにかぎらず、この地域の誇る繊維産業の歴史と伝統をもとに世界に向けての大発信が、今後ますます重要であると思う。私も名古屋がルーツを忘れずに陰からお役に立ちたいと改めて思っている。最後に声高らかに『20周年おめでとうございます!』